リレーインタビュー【保存版】

【第8回】奄美病院 杉本東一名誉院長

2022.11.11

24時間365日診療体制への使命感

昭和34年の開院以来、私たちは57年間一貫して24時間365日体制を取り続けています。当院の特長であり、強みであります。「医療の原点は慈愛にあり」という、公益財団法人慈愛会の医療理念のもと、24時間365日の診療が使命だと考えます。なかなかスタッフが揃わなかったり、病床が不足したり、医療の提供が十分とはいえない時期も過去にはありました。それでも使命感をもってこの体制を維持しています。

奄美大島には精神科の単科の病院が当院を含め2病院、ほかにクリニックや精神科を標榜する病院はありますが、入院となると選択肢が2つしかありません。限られた選択しか取れない環境ですので、柔軟な受け入れが必須です。当院は幅広くどのような精神疾患でも受け入れる、そういう思想で精神医療を提供しています。また、精神疾患の治療では患者さんとご家族の問題だけでなく、地域の皆さん方、行政、保健所など、幅広い関わりが必要です。奄美病院の全職員、どの職種もみんなで力を合わせて、24時間365日体制を貫いています。


中核病院としての役割~急性期治療病棟の運営~

奄美病院の総病床数356床のうち、34床を急性期治療病棟として運営しています。新築移転翌年の平成16年に30床を新設し、その後増床しました。当院は、島内の他の総合病院、介護施設などから急性期の精神疾患の治療を依頼されるケースがとても多いのが特徴です。奄美地域における精神科医療の中核病院として、重要な役割を果たしています。依頼を受ける患者さんは急性期治療病棟での受け入れが必要となる場合が多いので、稼動率の高い状況が続いています。

たくさんの紹介を受けますので、ニーズに応えられる、効率のいい病棟運営を目指して、現在、新しい体制づくりに取り組んでいます。今年の診療報酬改定で、急性期治療病棟における医師配置加算という新しい改定があり、その要件をクリアできるよう準備を進めています。まずは医師の陣容を揃えなくてはなりません。さらに、急性期治療病棟では入院から3カ月で在宅への退院が40%以上、という基準を満たす必要がありますが、医師配置加算の要件は60%以上となります。要件をクリアするには、医師だけでなく、看護師、医事課、介護福祉士、ケースワーカー、といった多職種の協力が不可欠です。職員みな揃って一生懸命、新しい加算が算定できる病棟になろうと準備をしているところです。


喜界島での巡回診療相談

当院が喜界島への巡回診療相談を始めたのは15年ほど前にさかのぼります。人口約7500人の喜界島には、精神科の専門医療を受けられる医療機関がありません。第4代院長の吉田修三先生が、巡回診療を一手に引き受け、月2,3日間、喜界島での医療提供に長年携わってこられました。先生のご出身地でもあり、喜界島の皆さんへの想いが人一倍強く、80歳のご高齢となってなお重要な役割を果たされています。巡回診療相談には医療事務スタッフ1,2名が同行しまして、120~130名の患者さんに対応しています。

慈愛会が公益法人として離島や無医地区における精神科医療を担うことは非常に大切な役目です。今後も喜界島への巡回診療事業を途切れることなく続けていきたいと思います。


地域移行支援に立ちはだかる課題

どの診療科にあっても国内では今、病院から地域、社会へという医療提供の流れになっています。当院も地域移行に力を入れておりますが、最大の障壁が住居の確保です。精神科では入院が長期になる方が圧倒的に多いので、平均在院日数が一般病院ですと10日前後といったところですが、精神科病院では年の単位となってしまいます。長期入院の患者さんが退院して元の住まいに戻りたい、と希望されても、ご家族が高齢化して受け入れが困難、という例が少なくありません。また、非常に残念なことなのですが、精神疾患の方に対する偏見が社会にはまだまだありまして、アパートなどを借りたいと思っても話が折り合わないケースがあります。

そこで、当院は10数年前にグループホームを開設しました。現在、12室管理して、ほぼフル稼働です。それでもまだ足りません。行政の方々とともに、住居の確保、精神障害者に対する社会生活の推進、自立の推進に一層力を尽くさなくては、と思います。今後も、長期入院の方、社会的入院の方が一人でも多く在宅に移行できるように努めていきます。

退院後の患者さんの支援も私たちの大切な仕事です。精神科専任の訪問看護、アウトリーチという医療のかたちが必要となります。奄美病院は「訪問看護ステーションイルカ」を運営しています。6名の専任の訪問看護師が、地域生活を送る精神障害者の方々を幅広くサポートしています。地域移行を推進する国の施策の中でも、訪問看護が非常に重要視されていますので、今後さらに人員を充実させて、将来的には24時間の訪問看護体制を目指したいと思っています。


認知症専門の医療提供

奄美地域で唯一、平成25年10月に鹿児島県から認知症疾患医療センターに指定されて、3年が経ちました。認知症治療病棟も奄美群島で当院だけが開設しています。先行してセンター指定を受けた法人内の谷山病院のスタッフに助言をいただきながら、認知症の専門医療に取り組んでいます。

奄美や徳之島は「子宝長寿の島」といわれ、長生きの方が多いと同時に出生率も高く、超高齢化が進む日本にあって、他の地域と違う要素はありますが、少子高齢化が進んでいるのは事実です。高齢化が進むと認知症の問題は避けて通れません。奄美大島でも認知症の方が多々いらっしゃるのが現実です。認知症の初期、中期段階まではなんとかご自宅、施設、一般の診療所・病院で対処できます。しかし重度化、進行してくると医療介護は困難になります。問題行動が起きたり、周辺症状がかなり深刻になったりした場合に、当院の認知症疾患治療病棟が大いに活躍します。その窓口として、認知症疾患医療センターが機能するわけですが、認知症への理解が十分な社会とは言い難く、悩みを抱えていても、なかなか相談窓口に足が向かない方が多いのではないでしょうか。精神科病院に対する〝敷居の高さ〟のような意識もあるように感じます。

もう少しオープンに相談に来ていただきたい、認知症の専門医療を受けに来ていただけるようにしたい、そういう思いで、今年から「認知症カフェ」の取り組みを始めました。奄美群島各地域で、試行錯誤しながら、地域の皆さん、認知症のご家族を抱える方、認知症の症状がある方、その疑いのある方に、気軽に来ていただいて語らう場「カフェやすらぎ」を開いています。当院の看護師、介護福祉士、作業療法士、心理士、ケースワーカーなど、10数名がカフェの店員となります。そして私が店長(笑)。認知症にかかわる行政の方々にも声をかけて、気楽にみんなで支え合っていこうという趣旨で開いています。おかげさまでとても好評です。

認知症になると精神変調をきたすことがありますので、ご家族の悩みや困りごとがたくさん話題に上ります。カフェの取り組みを通して、認知症だけではなく精神疾患を含めて、奄美病院および認知症疾患医療センターが幅広くサポートしますよ、ということをアピールしていければと思っております。


新病院への想い

慈愛会のフラッグシップ病院となる新病院は、急性期の総合型病院として最新の医療に取り組むことになりますが、高度な医療になればなるほど、原点を忘れてはいけない、と思います。「医療の原点は慈愛にあり」。このことをしっかりと胸に刻んで、新病院スタッフの皆さんがすばらしい病院運営を進めていかれることを望んでおります。患者さんおよびご家族を我が身内と思って診療できるかどうか、その一点に尽きると思うのです。

私は「病気を診ずして病人を診よ」という、出身大学の理念を日々思い起こし、大切にしています。要するに、医療の原点は、やはり、診る側の心です。臓器や身体の症状、病める部位を診るのはもちろん大切ですが、そこにいる人に向き合って、その人を診ること、人に対する心、それが最も大切ではないでしょうか。
医は仁術である、算術ではない、という言葉もありますが、算術を忘れては成り立たない、それも然りです。しかしながら、やはり医は仁術、慈愛会の理念である慈愛の心、その想いを忘れずに、と願っています。